子供を連れたお父さん。
5歳くらいの元気な男の子だった。
たまにくる銭湯で嬉しかったのだろう。
桶に水をためてバシャバシャ。
砂場の水遊びのようにはしゃいでいる。
一方、父親は自分の体を黙々と洗っている。
子供が話しかけても
「早く洗いなさい」
としか言わない。
子供のはしゃぎ声に女湯からの援護射撃
「遊んでないで早く体洗いなさい!!」
しまいには
「アンタ、早く洗わせてよ!!」
自分がなにかしたいときは「好きに遊んでなさい」といい
自分の思い通りさせたいときは「○○しなさい」という。
典型的な「年齢を重ねたこども」だ。
父親は自分の体を洗い終わると今度は黙々と子供の体を洗い始めた。
子供はひざに抱っこされ父親のなすがままに身を任せている。
赤ん坊のように・・・。
この親は「体を洗う」ということを教えていない。
教えようとしていない。
5歳になる子を赤ん坊の時と変わらずに洗い続けている。
子供は何の疑いもなく洗われている。
一見、面倒見がいいように見える。
「優しいパパだな」と思う人もいるかもしれない。
しかし、私には「教える」ことを放棄した面倒くさがりな人間に見える。
「教える」ことは「してあげる」ことより力を使う。
してあげることは簡単。
できるようにするのは簡単ではない。
この母親は「教える」ことが面倒くさいので父親に任せる。
この父親は「教える」ことが面倒くさいので自分でやってしまう。
教え方がわからない
なんて言い訳にならない。
教え方は教えながら身に着けていくものだから。
追伸
昨日NHKの夜回り先生こと水谷先生の番組を見てこのことを思い出しました。
親が迷う時代、子供が迷ってしまうのは仕方のないことなのでしょうか・・・。
みんなハッキリ言っとけーランキング


良い事いいますね〜。
子供が出来た時先輩の言葉覚えていよう。
これまで「文学作品の楽しみ方」を教えてくれた先生はいませんでした。なのに「本を読め」と言う。TVなら楽しいし、分かりやすい。でもなぜ「本の方がいい」と言うのか?誰も教えてくれませんでした。
私の授業では作品の読み方(楽しみ方)をジャンルごとに紹介するような授業を心がけています。できるだけいろんな方向から楽しめるように。すっごく時間がかかるし、手間もかかる。確かに、仕方(ここで言うところの「体の洗い方」)を教えるのは大変だ!!!
1番いい教え方を 教えてくださ〜い!
って叫びたくなりますね。日々精進!
教えようとしすぎても、教わりたい意欲がそがれちゃったりしても困るし・・・
でも、教えなければならない事は嫌がられても教えちゃうような、
ちょっとうっさい大人が懐かしいなぁ〜
「親の仕事はがまんすること」
「教えてあげること。してあげることではなく最後まで見守ること」
「親は忍耐の生き物」
手を出すことは簡単、口を挟むのも簡単。
私は親に感謝をしています。
私は人を見守っていけるだろうか。
幼稚園の先生も、「子供が服を着せてもらうのを手を広げてまっている」
と驚いていたのを思い出したよ。
大人になるのは時間が経てばいいこと、
本当の意味の「大人」になるのは過ぎていく時間の中で何を感じて何を考えるか、
時間を有意義に使うこと。
いつもながら、じゅん君の視点には同い年ながら感心させられます!
考えさせられました。
こどもを生みたいと思う以上、親としての責任とか役割とかいろんなことがあるのだね、と自分におきかえて考えちゃったよ。
教える、、、ね。
たしかに、とっても難しいことよね。
と言っても、私は正直、日々体験していることではないし、ジュンはそれを身をもって体験していることだと思う。
学校でも、教えるのうまい先生いるよね。
そのときは「教えるのうまい」という視点では見られないけど、授業がすごく面白いとか、その内容に興味を持ったっていうんであれば、それって上手な教え方よね。
結局は「教える人」の人間性とかが大きく関係するような気もするけど。
だからマニュアルだけじゃ教えられないのよね。
個人的なことになるけど、大学時代のBAKUでのことを思い出した。
ダンスがうまい人と、教えるのがうまい人って必ずしもイコールじゃなかった。
振付者として「みんなができないんだったら自分が入って踊るよ」なんて言ったりもするけど、違うのよね、そうじゃないの。
最終的にはみんなを信じること、それだけ。
数少ない経験の中で私が常に思っていたことは、
教える役割であっても、上から「教える」立場でなく、みんなと同じ目線でものをみていたいってことだったなぁ。
経験を重ねると何でも同じ目線でってのは難しかったりもするけどね。
姿で見せるっていう教え方もあるよね。
「百聞は一見にしかず」じゃないけど。
こどもにはそれだけってのは難しいのかもしれないけど、私はどちらかというと、そっちだったような。
親に言わせれば、放任だったみたいだけど。
それでも子供ながらに、親から言われなくても親の姿で覚えていることって結構あったりしてね。
あー、むずかしいね。
今になって、本当に自分の親をすごいなって思う。
ジュン、いい親になるね。
いつもうれしい言葉ありがとう。
銭湯でショックを受けたのははじめてだよ。
みほい>
親になるのは簡単だけど「親」でいるのはたいへんなんだな、って思う。
何十年生きてても親になったらそこで「親一年生」だからね。
失敗したり悩んだり間違えたりすることはたくさんあると思う。
でも喜びも幸せも感動もたくさんあるわけで・・・。
「親」であることを放棄しても子供は大きくなるからね。
つらいこともあるだろうけど、愛することを忘れちゃいけないと思いました。
Miao先生>
コメントありがとうございます。
いい方法ですか。うーん。
本はいろいろな読み方がありますからね〜。
でも本に関心をもってもらうことは大事だと思います。
「これ、読んだほうがいいですよ」じゃ読まないし、
「読みなさい!」って言っても読まないし、
逆に「読まなくてもいいよ〜」って言ったらほんとに読まないだろうし・・・。
何の本かは覚えていないんですけど、
「本当にいいことはその姿を見ているだけで伝わる」
つまり
楽しみ方を教えることに加えて、
自分がこの本を読んでどう感じたか、
何を思ったかを伝えると興味を持つのではないでしょうか。
この本を読んだとき私が幼児教室で感じたことを思い出しました。
子供は葉っぱとか木の実が大好きです。
「どんぐり拾い」はみんな好きで熱中する遊びです。
誰かひとり拾い出すと一人、また一人と集まってきてみんなで拾っています。
「○○ちゃん、一緒に拾おう」とか誘わなくても。
夢中で拾う最初の子の表情、姿をみて(あ、楽しそう)と思って集まります。
もはや言葉はいらないですね。
Miao先生も
自分が読書を楽しんでいる姿、
読書を通して得たもの、
読書をしなければわからなかったことを
生徒に伝えるといいと思いますよ。
Miao先生のような、いい方法を一生懸命考えている方がいるだけで救われますね。
お互い頑張りましょう!
chakiさん>
押しつけは嫌がられますね。
「○○しなさい!」「どうして○○しないの?」
と命令したり責めたりしたら大人だって嫌です。
○○することがなぜ必要なのかを教えないと納得しない。
子供を子供扱いしちゃいけないんですね。
りーさお>
カエルの子はカエル(いい意味でね)
親から教えられたことは
今の自分たちの根底にしっかりと築かれてます。
りーさおがおかあさんにもらった言葉は
すばらしい宝物です。大切に、ね。
Isa3>
「過ぎていく時間の中で何を感じて何を考えるか」・・・そうだよね。
すてきな言葉ありがとう。大人になってからも必要なことだね。
いわを>
「姿でみせる」そうだね。
言葉と同じくらい伝えるものがある。
同じ目線で考えるのも大切だよね。
「自分がどうやって教えてもらったらわかるかな?」
って考えてからじゃないとね。わからないよね。
上から見てるだけじゃ下からの景色がわからない。
的確な指導ができない。
今思えば大学で空手教えていたときは
その考えが足りなかったんじゃないかな、と思う。
今度部活に行った時はちゃんと教えられるかな。
いわをを慕う後輩たちの姿を見て
あなたの素晴らしさを再確認しました。
というのもボクは、親から正しい体の洗い方を習わないで育ってしまったから。
ただただ、「ちゃんと洗え きれいに洗え」といわれるだけで
小さい頃は、大雑把に荒い、それこそ5分でお風呂から上がることもあったのに
最近、「体をチャント洗おう」とするだけで、1時間2時間普通に入ってしまいます
それがシャワーとかでも・・・
普通はそんなに長くない。
じゃあボクの体の洗い方は間違ってるはず・・
終いにはあれだけ「ちゃんと洗え」としか言わなかった親が今度は「洗いすぎ」と言う始末 ひどいです
ちゃんとした正しい体の洗い方がわからない
石鹸をつけてタオルで、どんな風に洗ったらいいんだー
今は、石鹸とタオルで泡立てて、体の部分部分を2往復ぐらいさせる感じで洗ってます
でも、細かい所とか全身あらってると1時間、2時間かかってしまう
どうやって洗ったらいいんだあ・・